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a day in the life 庵里直見 フォーナイン 99.99tt |
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トリノでの荒川選手の戦略2
トリノでの荒川選手の戦略は実に明確でした。長野オリンピックの時とは違い、「どんな結果になっても満足するまでやる」という強い意志を持って臨んだトリノ・オリンピック。しかし、演技全体を6点満点で採点するのではなく、細かい演技の完成度をビデオで判定するという客観性重視の採点方法と変わったことは、前回触れた通りです。荒川静香さんは芸術性を大切にしていたため、これは不利になります。こうした要素があると以前の彼女なら迷いが生じ、中途半端な気持ちになったかもしれません。でも、今回は「満足するまでやる」という気持ちがあるため、精神的な揺らぎはありませんでした。 何の迷いもなく、金メダル獲得に向けてポイントを上げるためには何が必要かを考えるのです。 まず、スケート連盟のテクニカル・スペシャリストに会い、「どうすれば高いポイントが得られるのか」を徹底的に質問・研究したそうです。Y字スパイラルで足から手を放したのも、得点のため。これは非常に高い筋力と柔軟性が要求されるのだそうです。それは観ているだけでも分かりますよね。挙げた片足から手を放して滑るスパイラルは、本当に大変そうです。ビールマンスピンも取り入れました。そして荒川静香さんの代名詞ともいえる「イナバウアー」ですが、これは採点の対象にならないためプログラムから外すという決断をしたのです。このことだけでも彼女のほどが決意がうかがえますね。 彼女は自分の滑りを、ポイント獲得のため、メダルのために次々と変えていきました。 この強さは、オリンピックのメダルという目標があるからこそなのです。ここでも目標の重要性がよく分かります。イチロー選手が200本安打という目標に向かってまっすぐに進むのと同じです。その結果が9年連続200本安打という前人未到の記録なのですから。 そして翌年のオリンピックのメダルの行方を探るグランプリ・フランス大会となりました。高得点を目指して滑った荒川選手でしたが、結果はなんと3位。 そこで優勝したのが15歳の浅田真央選手でした。「彼女はオリンピック代表に選ばれるためではなく、自分の演技に集中している」。荒川選手は浅田選手を見てそう感じました。 そこでまた彼女は大きな変化にチャレンジするのです。オリンピックまであと1ヶ月しかないというのに・・・。 グランプリ大会での自分の演技だけに集中していた浅田真央選手を見た荒川静香さんは、こう考えていました。 「得点にこだわりすぎていては評価を気にして萎縮してしまう。自分の力を出し切るためには自分のやりたいことをやる」「すべてを自分で決める。周囲に惑わされたくない」 ここでの彼女は、インターナル・ステート、自分の価値観を非常に大事にしています。 イチロー選手もこう言っていますね。「第三者の評価を気にした生き方はしたくない」と。周囲の評価ではなく、自分の目標を達成することに意識を集中する。これは、結果を出す人に共通する考え方の一つです。 「傷ついてもいいから進まなければいけないのだけれど、守ろうとしてしまう。だからインパクトのない演技になる。そうではなく、人間なんだから気持ちを込めて氷の上にいること。それが今の私にはなかったなあ。」 浅田真央選手の演技を観てそう考え直した彼女は、新たな変化に挑戦します。 世界選手権で金メダルを獲らせてくれたタラソワコーチ。彼女の振り付けは世界最高との評価を得ていますが、滑って手本を見せてはくれない。その時の荒川さんは、実際に手本を見せてくれることを望んでいました。 「止まっているわけにはいかなかった。修正すべき点を修正することが必要だと思った」 そして、今では安藤美姫選手や小田信成選手を教えるモロゾフコーチの指導を受けることにしたのです。オリンピックまで一カ月。普通では考えられない、あまりにも大胆な挑戦です。 「自分で選択することにしました。たとえ失敗に終わっても、それが後悔しない道だと思った」 曲も、彼女が大好きな「トゥーランドット」にし、プログラムを全面的に変え、一度は外した「イナバウアー」を戻すことにしたのも、気持ちを込めたい、後悔したくないということからです。 そしていよいよトリノ・オリンピックを迎えることになるのです。 開会式で彼女がフリー・プログラムで使う曲「トゥーランドット」が流れた時、彼女は運命を感じたそうです。 ショートプログラムはスルツカヤ選手に次いで僅差の2位につけた荒川選手は緊張することはなく、それどころかフリーの演技を楽しみにしていました。 最後の舞台となるフリーの演技が始まると、彼女は一つ一つのステップを噛みしめていました。できるようになるまでの練習やこれまで支えてくれた人たちのことなどが頭の中でエンドロールのように流れていたそうです。観客からの拍手や歓声が演技の中ほどから絶え間なく続き、彼女は「これでアマチュアとしては最後だなあ」と感じながら滑っていました。 集中力が高まるとともに、観客の方々が自分の演技を喜んでくれていることが嬉しかった。彼女はこれが4年に一度の大舞台であることなど忘れていました。拍手と喝さいの中で迎えたエンディング。気持ちを込めて滑れた満足感。 彼女はもう、それで十分でした・・・。 大舞台でパーソナルベストを更新し、そして、手にした金メダル。彼女は見事に自分の未来を切り開いたのです。 あの素晴らしい演技、あの感動の裏にはこうしたドラマがあったのですね。もしビデオに録画されたいたらもう一度観てください。 演技の中盤から観客の皆さんの拍手は鳴り止むことがありません。どんな技であっても一つこなすたびに沸き起こる歓声。採点の対象にはならないはずのイナバウアーでは会場全体が感動に揺れているようでした。そのあとも興奮は続き、満場の拍手と歓声の中で荒川選手の演技は終わったのです。 観客の皆さんもこれがオリンピックのコンペティションであることを忘れ、ただただ荒川選手の素晴らしい演技に魅了されていたのです。 こんなに感動的なフィギュアスケートは観たことがありませんでした。この原稿を書くために見なすたびに涙が溢れました。本当に素晴らしい演技。そして今、昔からの憧れ・夢を実現し、アイスショーで人々を魅了する荒川静香選手。 彼女の生き方には学ぶべきことが多いと思います。 私たち一人ひとりに人生にはドラマがあります。そのドラマの主人公は自分自身であって、決して第三者ではありません。 もちろん周囲の助言を聞くことは大事ですが、最後の決断は自分でしなければなりません。でもつい、決断の鈍ることの多いのが私たち。「傷つくのだったら、今のままでいいかな」と思ってしまいがちです。 そんな時に多いに参考になり、勇気と感動を与えてくれる荒川静香さんのドラマ。 「こうすればよかった」と後悔しないように、最善を尽くしていきたいものですね。 |
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